「インターネットの記憶」が消えていく——AIがウェブを食い尽くす先に何が残るか
日没時刻を間違えた日から始まった問い
コロラドスプリングスに住むある人が、外でプロジェクターをセットして夕焼けを待っていた。しかしGoogleのAI概要(AI Overview)が示した日没時刻は外れており、「AIに教えてもらった時刻の時点で、太陽はすでに沈んでいた」と後にSNSに書いた。
笑えない話だが、笑えるくらいには小さなエラーだ。ところがカナダのメディア『The Walrus』がまとめたこの事例は、より根の深い問いを掘り起こした。世界最大の検索エンジンが、基本的な事実でつまずき始めている——そうだとすれば、私たちが「ネットには答えがある」と信じてきた前提そのものが揺らいでいるのではないか、と。
「真実はネットのどこかにある」という信頼が崩れつつある
これまで検索の精度が落ちると「Googleがダメになった(enshittified)」、AIが嘘をつくと「モデルが雑だ」、フェイクニュースが広がると「真実はちゃんとあるはず、検索の仕方が悪いだけ」と思ってきた。
しかしThe Walrusの報道は別の可能性を突きつける。検索精度や情報リテラシーだけの問題ではなく、情報を格納してきたインフラそのものが壊れてきているのではないか、と。
その崩壊は三つの経路から進んでいる。
崩壊の三経路
① 上流に広がる汚染
AI検索はウェブ上のコンテンツを読み込んで要約を生成する。この仕組みを逆手に取り、企業がRedditなどの巨大掲示板にコンテンツを意図的に植え付け、AI検索の回答を自社に都合よく誘導しようとしているとテックメディア『404 Media』が報じている。
つまり「AIがウェブを読む」という構造が、情報の源泉(コーパス)自体を歪める動機を生んでしまったわけだ。
② デジタルアーカイブの消滅
米国の選挙・世論調査分析で知られたウェブサイト『FiveThirtyEight』は、創業者のネイト・シルバーが2023年に去り、2025年3月には残るスタッフも全員解雇された。運営していたウォルト・ディズニー・カンパニーは、新しいジャーナリズムも広告収益も見込めないと判断し、サイトのアーカイブを丸ごと削除した。
本の発禁であれば、対抗する人物も学校理事会での議論もある。しかしデジタルの消去は静かに行われ、多くの人が「そこに存在したこと」すら知らないまま終わる。The Walrusはこの非対称性を「より陰湿で、ある意味ではより深刻」と表現している。
③ 参照される側が先に枯れていく
Wikipediaは長年、検索エンジンが膨大なトラフィックを送り込むことで成立してきたボランティア運営の百科事典だ。ところがAIシステムがWikipediaの内容を直接取り込んで回答を生成するようになった結果、ユーザーがWikipediaのページを開く必要がなくなった。
流入が減れば、寄付も減り、編集者への関心も薄れる。WikipediaはAIにコンテンツを提供することで、自分自身の支え(トラフィックと寄付)を失う構造に陥っている。
「ウェブのバックアップ記憶」も傷んでいる
こうした消滅に備える最後の砦として機能してきたのが、非営利のデジタル図書館『インターネットアーカイブ』、なかでも「Wayback Machine」だ。ウェブページの過去のスナップショット(ある時点の画面の写し)を数千億件規模で保存しており、削除されたページの確認や過去の発言の検証に、ジャーナリストや研究者、法律家が世界中で使ってきた。
しかしインターネットアーカイブは今、二重の圧力にさらされている。一つは純粋な技術的負荷——増え続けるウェブを索引付けして保存する工学的な重さだ。もう一つは法的・攻撃的な圧力で、出版社がデジタル貸し出しプログラムを「著作権侵害」として提訴し勝訴した後、報道機関がWayback MachineのクローラーをブロックするようになっているとThe Walrusは報じる。著作権保護の動機が、皮肉にも記録の保全を阻んでいる形だ。
「AIの上手な使い方」だけでは解けない問題
AIが生成した誤情報や低品質コンテンツが増えるたびに、「AIリテラシーを身につけよう」「検索の技術を磨こう」という話になりがちだ。しかし今起きていることは、スキルの問題というよりインフラの問題だ。
The Walrusはこれを文化的主権の問題として捉え直す。どのコンテンツが生き残り、誰がそれを管理するかという問いは、単なるテクノロジーの話ではなく、「次の世代は過去に何が起きたかをどうやって知るのか」という問いに直結している。
日没時刻を間違えたAI概要は、笑い話で終わるかもしれない。だが削除されたアーカイブ、流入を失ったWikipedia、訴訟に疲弊するインターネットアーカイブは、静かに、しかし確実に「ウェブが知っていたこと」を消していく。
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